2011年03月03日

性犯罪者にGPSを。もっともな意見だ



橋下大阪府知事が性犯罪前歴者にGPSを取り付けるという条例を検討しているということだ。
すでに宮城県が先行して検討していた本案件だが、是が非にでも成立を目指すべきだと考えている。

平成になって以降、社会的に増えた悪習として、
・男は男らしく、女は女らしくの否定。(結果は中性化指向に。少子晩婚化の最たる原因)
・区別と差別を見分けない平等主義。
・自由のはき違え(無責任と権利としての自由は相反することを理解していない)
・義務を果たさずに権利だけを追求
・誤った人権意識(加害者/犯罪者の人権を尊重し、被害者の人権が軽視)

今回の性犯罪者という再犯率が極めて高く、再犯時の被害が極めて大きいにも関わらず、GPS付与を反対する勢力とはいかなるものかを考えた場合、平成以降の悪しき日本社会を作り上げてきた勢力がクローズアップされる。
この手の勢力は、まず犯罪者の人権を第一に唱え、現時点の被害者はもちろん、今後現れる被害者は軽視されるのだ。その割に再犯防止策などはまるで無責任に考えようとしない。無責任な自由を標榜し、権利だけを主張するのが彼らの手口なのだ。

結局は誤った人権意識と平等主義というところが見えてくる。
なぜ平成以降、このような社会になったかといえば、単純に戦前の道徳教育を受け、戦前の貧富の差が激しい社会の中を切り抜けた世代が表舞台から去っていったからという点は間違いない。
戦後、戦前の良き日本を作り出した教育は徹底的に破壊され無条件に悪とされ、日本の古き伝統社会を完全否定し、国旗や国歌、天皇の存在すらも許せないというような、国家観を理解できなくするような正反対の教育が当然になされてきた。
その結果が、上に上げたような悪しき平等主義や無責任、間違った人権意識の蔓延なのだ。
悪しき教育を受けた者も、多くはその悪しきに気づかず、戦前世代の道徳の否定や右肩上がり社会の終焉もあって、結果がこの平成の体たらく。未だにいち早い改善を目指そうとすらしていないのだから驚きしかない。

さて、犯罪抑止力というのがある。
そこには、恥の概念、というのもあるだろう。
一度も捕まったことがない人間は、単純に捕まったら恥ずかしい、と思う。特に子どもに対する明らかな性犯罪などで捕まったら、親類や知人には二度と会わす顔は無くなるだろうことは想像するに容易い。

で、なぜ再犯率が高いかを考えてみればいい。再犯者にはこの恥の概念というものが既に吹っ飛んでしまっているのである。既に抑止力として全く機能しなくなっている。
だから何度でもやる。懲役10年経っても、何も代わることはない。むしろ同様の性犯罪率が上がっている可能性の方が高い。

だからこそ、性犯罪者に対して犯罪衝動のリミッターをつけてやるという意味で、GPS義務化は必要なのだ。勘違いされても困るが、これは犯罪者がさらなる犯罪に手を染めるのを防止し、犯罪者を救う手段でもある。

善良なる心が僅かでも残っていれば、何らかの犯罪を止めてくれるのを、心のどこかで願うことだろう。その願いを叶えるのがGPSによる監視なのだ。
初犯者にだって、その抑止効果は発揮する。恥の概念に加えて、誰だってGPSはつけられたくはないだろうからだ。
GPSがつけられた前歴者としても、善良な心が僅かでも残っているならば、GPSの存在によって、監視されているからこその無責任な自由の自主規制が働くはずだ。

悪しき心しか持っていないような人間に対しても、GPSによる監視によって、性犯罪の被害に遭いたくない人たちは注意深くなるため、大きな犯罪抑止力になるのは間違いない。


なんとしても、不幸を減らすためにGPS条例による実績を作り上げてもらいたい。
そして本来ならば、国家がやるべきことである。現在の悪しき流れを作り出し、更に加速させようとする権化が多数在籍する与党民主党には特に全く期待できない(自民党にもかつての野中や河野洋平などのような権化がまだまだ内在しているが、まだ少ない)が、今後いち早く、考えを改めて、真の幸福とは何かを考え、差別と区別を違いを教え、日本人とは何かを知るためにも、何らかの道徳教育を復活させねばならない。薄っぺらな表面だけではなく、心の中で国民が望むものとは何か、それを目指すのが良い。

それは、もしかすると、多分にここ30年の間に加速度的に破壊してきた古き良き日本社会とは裏腹に、サザエさんの視聴率が毎週トップを取っていることと何か関係があるかもしれない。


posted by アイナット at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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