2011年04月27日

東北の都市はなぜ内陸都市が多いのか?

日本全国の傾向として、海のある県については、県庁所在地など大都市はほとんど例外なく海沿いに位置している。
例外といえそうなのは、今回取り上げる東北地方を除いたら札幌市と旧佐賀市くらいなものだ。

え、小郡町と合併する前の山口市は内陸だったって? いやいや山口市は今でも経済規模で言えば、山口県3番手か2〜4番手程度だということを忘れてはならない。下関市、周南市、宇部市といった山口県の主力都市はいずれも沿岸部に位置しているので決して山口県は例外とはいえないだろう。

さて、東北地方である。どうして東北No2の経済力を誇る郡山市、福島No3の経済規模ながら県都の福島市、東北No3の盛岡市、そして山形市は内陸に位置しているのだろうか? 更に言えば、東北No1都市の仙台市の中心部は古くから奥羽山脈の迫る内陸部である。

極めて悲しいことだが、今回の東日本大震災で、その理由がわかったような気がした。
もともと明治時代に敷かれた鉄道や幹線のたぐいは江戸時代の都市部を結ぶものだ。江戸時代以前にも栄えていたところとして上記の現在の大都市群が挙げられ、また同じく内陸都市の米沢や会津若松、白河、水沢、古川などもそれに加えてもいいだろう。

つまり古くから海沿いは定期的に大津波に見舞われるということを、先人達はよく理解し、畏怖していたということなのだ。だから内陸部に拠点都市を作り上げ現在に至っているということなのだろう。古くからの伝承の類には、現在の学者の説明を超越する、それ相応の真理が隠されているということだ。

そして逆説的に考えると、岩手県から福島県の今回の被害がもっとも大きかった地域を除くと、有史以降の津波被害は伝承として伝わるほどそれほど大きなものでは無かったのだとも考えられる。
つまり浜松市、和歌山市、徳島市、宮崎市など、100年に一度の東南海地震の影響エリアであっても、地震による被害はともかくとして、過去に今回のような破滅的な津波が押し寄せたことはないのではと思われるということだ。
もっとも今回、八戸市や千葉の旭市についても大きな被害を受けているだけに、上の理論は破綻しているかもしれない。


posted by アイナット at 22:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 自治体情報サイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平均サラリーの変遷

http://nensyurank.fmd4.com/nensyusuii
上のサイトを見ると、昭和51年〜平成21年までの平均年収がグラフで記されている。

バブル崩壊直後あたりの平成4年までは急激な右肩上がりで伸びて行っているが、その後は緩やかに右肩に下がり続け、平成21年にはリーマンショックで大幅下落してしまっている。

平成21年の年収は昭和64年(平成元年)とほとんど同じ水準となってしまっているのである。去年は多少は回復しているとは思うが、おそらくは平成20年には遠く及ばないことは推定される。

年金やらローンやらが有効に機能していた時代は、平成4年までである。それは年収水準のデータを見れば明らかだ。平成4年まではお金を手元に置いていたら相対的に凄い勢いで価値が下がっていた。だから借金してでも物を買うという流れが出来ていた。年金にしても投資みたいなものである。

しかし平成5年以降の、いわゆる失われた10年、もとい20年の時代では、全く逆である。

もしも平成5年以降の現在に至るまで右肩上がりが続いていたとしたら、年収平均は750万〜800万近くになっていただろう(この数字は、何となくどこかで見覚えがありそうな年収平均だ)。失われた20年とは350万〜400万の損失ということになる

posted by アイナット at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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