2016年02月24日

2/13は日本武道館でバレイベ

さらっと書きます。

2/13は朝5時に起きて、久々に新幹線で東京へ。
まずは渋谷パルコへ行き、ももクロの新アルバムの展覧会の整理券をもらう。
結局12時からアルバム展覧会。ますますアルバム(アマランサス/白金の夜明け)が待ち遠しくなる展示だった。

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<ちなみにアルバムは2/17発売で、絶賛発売中。さだまさしや堂本剛らの楽曲もあって、素晴らしい世界観に包まれた音楽に恍惚とすること間違いなしです。









その後、九段下へ移動して、日本武道館へ。
なにを隠そう人生初の武道館だ! 
ももクロファンモノノフになって人生初ばかりで、つまり楽しい経験ばかりということだ。

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知り合いモノノフ達とも多数合流して、開演を待つ。
ちなみにこの日は4月のような暖かさだった。

ワシにしては珍しく席運も良くアリーナBながらも最前。真ん前はステージまで通路なので視界は全く遮るものない良好。お陰で杏果を終始観ていられるというボーナスだった。

まさか昭和の小学生時代に流行ったMr.マリックのハンドパワーを直接目に出来るとは夢にも思わなかったし、まさかのももクロからではなく、そのマリックからチョコをもらうことになるとは思わなかったがw

ライブはワーズはやってくれるし、初披露のオギャーことWE ARE BORNやレアな「恋のダイヤル6700」もやってくれるし、他にもワシの中では「中の上」くらいの曲をやってくれて楽めたし、クイズなども楽しめた。

アンコールからのラジオドラマというのはずっこけそうになったけどねw

終わったあとの神楽坂での感想戦も楽しい一日だった。
帰りは夜行バス、隣が咳しまくりなのでマスクしないので、イヤミかもしれないが途中でマスク買って自己防衛した。


ちなみに次の日、リアルバレンタインの日、ラジオのももクロくらぶにてワシのメールが杏果に読まれたので、悲願の大歓喜だったことを付け加えておく。
posted by アイナット at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ももクロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

映画映画映画映画

近頃は暇があったら、映画を観てる。その暇があまりないので言うほど観てないが。。。
KINENOTEに感想を書いた。

次の日が川越観光&アニメ紅白で、あまり時間が無い1/30に観た。家風呂の工事が手違いで未遂に終わった日でもあった。
「さらばあぶない刑事」
http://www.kinenote.com/main/public/profile/reviewdetail.aspx?member_cd=0000073355&review_id=2505401


2/6は映画を連チャン。3ヶ月前くらいから楽しみにしていたオデッセイとTVドラマの完結編信長協奏曲だ。
どちらも素晴らしい出来映えだった。
「オデッセイ」
http://www.kinenote.com/main/public/profile/reviewdetail.aspx?member_cd=0000073355&review_id=2518327

「信長協奏曲」
http://www.kinenote.com/main/public/profile/reviewdetail.aspx?member_cd=0000073355&review_id=2519215


2/11はそろそろ公開終了間近だった「杉原千畝」を観てきた。どうにも描き方が足りない、またはおかしな点も見受けられたが、命のVISAはもちろんのこと、諜報活動をしていたことなど杉原千畝の活躍ぶりは素晴らしかった。
http://www.kinenote.com/main/public/profile/reviewdetail.aspx?member_cd=0000073355&review_id=2519915
posted by アイナット at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

1/31は川越観光からのアニメ紅白参戦

相模国の国分寺にも行きたいと思いつつ、ちょうどいい川越行きの夜行バスの都合ということもあって、川越を観光することにした。
もう三年も前になるのだが、高城れに、玉井詩織がぶらり高城れにという企画で訪れた町だ。川越は実にサツマイモの産地ということを知れた良い企画だった。(川越は、ハッキリ言えば、関西では知名度、とても低い)

朝から到達するが、全然調べてなかったので、まず川越駅から相当遠い「時の鐘」にやってきた。途中川越神社にも寄っている。
時の鐘は残念ながら工事中だったが、その偉容ははっきりと堪能できた。

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しかしこの時点で9時前だったので、芋づくしの旅はちと頓挫。店がまだ開店前だったのだ。
そこで本来先に行っておくべきだった春日局や徳川家光ゆかりの喜多院へ行くことにする。
春日局や徳川家光の内部や五百羅漢を観光。庭園も雪化粧したままで美しい様だった。

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続いて、つぼやき平木屋で焼き芋を頂き、再び「時の鐘」周辺へ。近くの菓匠右門のいも恋、菓匠芋乃蔵のみたらし団子をいただく。更に菓匠芋乃蔵では「ぽて〜夢」をお土産に購入。「ぽて〜夢」が大好評だったことも付け加えておく。実際にとても美味かった。
いったん蔵作り資料館に入った後、新井武平商店では味噌ポテトを食べる。
同じ通りのおおき、では芋鯛焼きを食べる。腹一杯ながら美味かった。お土産には「焼き芋ラスク」を購入。あっさり美味かった。

ちなみにこの「時の鐘」周辺のこれらの地帯は蔵造りの町並みだ。
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そこからお菓子横町へ寄りつつ、サツマイモのサブレっぽい土産を買いつつ、日本百名城にも選定されている川越城の本丸御殿を観光。
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最後にようやく多少腹に余裕が生じてきたので、時の鐘近くの大八で、薩摩芋入りの支那そばと言った風の川越ラーメンおよび紫芋餃子を頂いて、今回の川越の旅は終了。アホみたいに歩いたのでこの時点で25000歩を超えていたので疲労困憊だ。ちなみに川越の時の鐘周辺の蔵造りの町並み近辺は昼には凄い人だかりだった。

それから東武東上線で東京の代々木第一体育館へ移動。
ここからが旅の本命、アニメ紅白だ。開演5分前に辛うじて辿り着いて、スタンドの席へ着く。審査員の外国人の真横だ。むしろそちらよりは若干近い。

アニメはさっぱりわからないが、去年と連続で参戦だけに、スフィア、竹達彩奈、田所あずさが何とか認識できる上に、中川翔子や松井玲奈といった有名人も出ているだけに去年より楽しめた感がある。中川翔子も2年前のZEPP東京セーラームーンイベント以来だったので楽しめた。やはり昭和仲間の安心感が強いらしい。
特になかまつたけ(中川翔子、松井玲奈、竹達彩奈)はレアだったのではないか。
川越観光でかなり疲れていたが、普通に全曲立って楽しんだ。

セットリストはこちらのブログに載っていた。

そして最後から2番目のももクロ登場で、ボルテージは最高潮。ももクロファンはたぶん三割くらいだったと思うが、会場全体の熱気自体も圧倒的にももクロで最高潮だ。

いきなりBelieveというのも素晴らしい。まさにももっか!だ。続くムーンプライド、そして知名度抜群のCHA-LA HEAD-CHA-LAのカバーと続き、最後は猛烈で締めくくった。

会場全体がより近くなるセンターステージも大いに活用してくれたので、我が席からも見やすくて嬉しい限りだった。それにこういうフェスだとよくあることだが、自分が声を上げないとという気分にもなるのか、一層の杏果たちに対する全力応援だった。いや、まぁいつも全力なんだけどね。

最後はワサビ寿司をごぼうに食べさせる面白い茶番で次へ交代するのだった。

エネルギーが余りに余ってる状態だったのだろう。最後の司会もしていたスフィアも楽しすぎた。全く知らない曲なのだが、振りもわかりやすいこともあり、見よう見まねで楽しすぎたのだ。

とそんなこんなで満足度の高いアニメ紅白となったのだった。

帰りは風呂がぶっ壊れている時期(10日ほどぶっ壊れていて銭湯生活だった))だったので、銭湯経由で、バス停に向かったのだが、あやふやなバス停の位置しか把握してないのに、走って3分前到着という。危うくバスに乗り遅れるところであった。
というか、今回は行きのバスも5分前最後の客、帰りもその通り最後の客。代々木体育館すら5分前とかギリギリすぎた。もっとゆとりを持った行動が必要そうだ。一歩間違えると色々終わってしまう
posted by アイナット at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月07日

工藤俊作 知っておきたいこと

といっても松田優作の探偵物語ではない。
恥ずかしながら全くしらなかった。工藤俊作帝国海軍少佐の物語を今日なんとなくインターネットの荒海にもまれているうちに知るに及んだのだ。

杉原千畝、エルトゥールル号、樋口季一郎など枚挙にいとまがないわけだが、どういうわけだか知らないが、知ったのはどれも最近に属する。今回の工藤俊作も含めて、教育の不自由、そして知らせない自由というものをマスコミがいかに発動していたのか。

1942年時点で工藤俊作少佐は駆逐艦「雷」の艦長だったのだが、インドネシアの戦時の危険海域において、大日本帝国海軍に敗れて艦艇から脱出し海を20時間以上絶望感の中漂っていた英国艦隊乗組員400名以上を救ったというのだ。

そしてその話はなぜか本人の口からされることはなく、救われた英国人からなされていたということ。

純粋に感動しかなかった。日露戦争から続く帝国海軍伝統の姿勢、武士道は生き続けていたのだ。
杉原千畝らもそうなのだが、こういう事実が今の今まで意図的に隠蔽されてきたことこそに恐怖を感じてしまった。

詳しくは「工藤俊作」でググって欲しい。



ワシは、とりあえずこの本を注文した。

敵兵を救助せよ! 駆逐艦「雷」工藤艦長と海の武士道 (草思社文庫)惠隆之介
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
1942年3月2日、ジャワ・スラバヤ沖海戦のあと、海上には撃沈された多数の連合軍将兵が漂流していた。潜水艦攻撃の危険が残る戦闘海域であったが、駆逐艦「雷」の工藤俊作艦長はただちに停船し、自艦の乗組員数をはるかに上回る422名もの英軍将兵を救助する。まさに海の武士道が発揮された瞬間だった。世界海戦史上でも稀な決断実行だったが、これまでほとんど語られることはなかった。著者は存命の日英の当事者を執念を持って探し出し、当時の状況を本書で鮮やかに再現。歴史の帳に埋もれていた数々の事実を明かした話題の書である。
posted by アイナット at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする