2015年11月19日

多文化共生の理想の幻

多文化共生とはなんだろう。

様々な民族文化宗教を持った集団を国家に受け入れるということなのだろうが、現実を観てみると、多くのケースで、同一の民族文化宗教のグループごとに集まって、その国家の一角に住み着いているだけのように見える。

つまり国家の中には確かに様々な民族文化宗教を持った人々がいるのかもしれないが、実は居住地域によってきれいに分かれているだけ。当然居住地域によって貧富の差も大きくなっている。
はたして、これを同一国家でやる意味はあるのか?

もちろん国家の元の色に染まって、自分の文化宗教をうまく溶け込ませて生活している人もたくさんいるだろう。とはいえ、特別のアイデンティティの支えとなる能力を持たない者達には、それがどうしてもできない人や集団が多数いるのも事実だ。

そもそも現在の日本でもそうだし、あの中東にしても、同じイスラム教徒でも微妙な差(スンナ派同士の差とか)や大幅な差(スンナ派とシーア派やアラウィー派との差)、どちらもまるで仲良く出来ない差となりえているわけで、それぞれ部族単位で居住しているといってもいいのではないか。

結局移民先でも同じというだけだ。これが多文化共生なのか? しかも民主主義国家だからゆえに、少数グループは当然不満ばかり募ることになるだろう。その不満が集団で感染していくのだから、結局民主化の度合いが大きければ大きいほど問題が噴出してしまうという矛盾。

ISISが発生したのも、元を正せば独裁者だったサダム政権やカダフィー政権の消滅、そしてアサド政権の弱体化が原因の一つなのも間違い無い。彼らは独裁者だが国を統治するために国内の不満分子を力でねじ伏せていたからだ。
これからロシアやフランスの活躍でISISは領土を失うことになるかもしれない。しかしその後に待っているのは勝者達が支援した者たちによる内戦だとすれば素直に喜べまい。

結局のところ、欧州で流行しているような安易な移民政策にはとても賛成しかねる。少なくともその国の文化へ馴染めるか、それが無理なら移民先に選ぶのは類似する民族文化宗教の国家へ移民すべきであって、最初からその国に馴染む気がないのに移民するのは避けるべきだ。


posted by アイナット at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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