本来、そこでは何もないはずなのだが、隣の外国人がユタ州に帰る途中だとかで話しかけてくる。もちろん流ちょうな日本語。なんでもキリスト教広めるのが夢だとか。2年間の日本生活を終えて地元に帰るそうな。
私が飛行機年10回くらい乗るといったから金よく持ってるねという話から年齢の話題になったのだが、おっさんだから金持っているという話から、その人がなんとその人ハタチということ。。そしていくらマスクしていたとはいえ、ワシを同じくらいの学生と思ったとか。さすがに恥ずかしくなってしまった。苦笑しつつ実年齢言っても普通に接してくれたけど。
成田からはJFK空港まで。18日朝11時の便で、なぜか18日朝10時に着くというタイムマシンのような飛行機だ。ほぼずっと夜という奇妙な状態。
本を読むつもりがほぼ暗いから結局寝たり、映画を見たりしていた。あと凄い時代になったもので、やや高いものの衛星回線による機内Wifiも使えた。朝着くので寝るのは重要でもある。
ただ夜行バスに慣れているおかげで13時間のフライト時間もそれほど苦になることもなく、快適な空の旅を過ごせたのだった。
JFK到着直前、上空から見てシムシティみたいな区画だと思ってしまった。あれはよくできてたんだと再認識。
JFK空港は入国は中国に比べてスムーズだったけど、審査の人はあくびするとかやる気が。列には知らないながらもノフも3人ほどいて会釈する。
とにかく着いてまず換金をしようとするのだが、わかりにくい上にレートも悪い。あとで見ると、NYのガイドブックに成田でやるべしとかいてあった。失敗だった。そして地下鉄駅目指すべくエアトレイン経由で地下鉄ハワードビーチ駅を目指すも、何か乗り間違えて少し時間食ってしまった。
しかもハワードビーチ駅の券売機がわかりにくくて苦戦。
というかNYの地下鉄全般だが、非常にタッチパネルの調子が悪すぎる。上海はまともだったのに。米国品質はもはやこの程度なのかと。
ハワードビーチ駅からまずは自由の女神の船着き場バッテリーパークを目指すべく地下鉄へ。この時思った。白人は空港使うのに地下鉄乗る人はかなり少ないのかもと。でもマンハッタン島ではそんなことはなかったので気のせいかもしれない。(ちなみに上海地下鉄と違って、地下鉄の荷物チェックはない。)
JFK国際空港からマンハッタン島のアクセスは正直最悪レベルに悪い。関空が良く見えるレベル。
それでも乗り換えも何とかして、13時頃だったか、バッテリーパークへ到着。時間が一応ギリギリだったので慌てつつも、なんとか予約していたのをチケットに交換してもらって、物々しい荷物チェックの長蛇の列に並ぶ。このあたり単独行動は全てが自己責任なのは言うまでも無い。
ちなみにこの日のNYはクソ暑くて、15度以上あったと思う。しかも雲一つなかった。
船のリバティ号に乗るための荷物チェックは空港並の厳しさだった。
そして乗船。スタチュー、スタチュー言ってる。(スタチューオブリバティを日本語でなぜか自由の女神と呼んでるだけだから当然だが)
すし詰めというわけではないが、広い船内は満員状態だった。
出発直後、船からマンハッタン側を撮影
そしてついにリバティ島に上陸の時がやってきた。
日本語のガイド機器もあるので、それを借りる。金は確か払ったかな。妙な鳥がたくさんいたのが気になるが、とりあえず島の外周を回りつつ、自由の女神を堪能する。一応土産文化のない米国にしては、さすがにここにはグッズが売っていたので、記念に一つ買っておいた。
そしてワシの持っているのが3ヶ月以上前に予約した内部+王冠まで上れる特別チケットなので、まずは自由の女神の内部へと向かうことに。あのテロの影響でNY市内から殆ど消滅したコインロッカーの生き残りがここにはある。おそらくこの島上陸者は既に荷物チェック済みだからだろう。内部には身軽で行く必要性があるためだ。ただそれが指紋認証。もうここに書いてしまうが、帰る時、なぜか指紋認証が通らず、ちょっと焦ったがよくあることなのか、何とかなった。ただ預けた番号を忘れてしまってたら大変なところだった。あぶないあぶない
自由の女神の内部は自由の女神の歴史を記した博物館。創った人、そのモデルからできあがりまでを丁寧に説明といった感じ。
日本語ガイド機器も活躍の場だった。まさか内部がこのようになってるとは思わなかったから少しビックリ。
間近すぎる自由の女神
更に選ばれし者しか入れぬ王冠の方は、かなり狭い螺旋階段をひたすら登って到達する王冠部。もっと登ったら楽しいのかなと思ったら、なんてことはない。当たり前だが、5人くらい入るのが精一杯の所に窓ガラス越しに外が見えるだけでした。まぁそれでもここまで登ったという達成感。
王冠はこんな眺望
螺旋階段の途中はこんな感じ
唯一買ったお土産
ただ既に疲れすぎてヤバい状態だったこともあり、自由の女神はこれで退散。エリス島に寄る力も残っていなかったので、バッテリーパークに戻ります。そして次は宿も近いタイムズスクエアを目指す。地下鉄。
ちなみに次の日、ももクロたちも自由の女神を訪問することになるので、やはり行って間違いなく正解。
タイムズスクエアはさすがに世界の大都会の様相。17時くらいだったと思うが、まずPlayStationシアターの場所を確認して、宿へ。チェックインも少々戸惑いつつも何とかして、部屋へ。この後メトロポリタン美術館には行きたかったが、さすがに30分ほど休憩。
ホテルに荷物を置いたお陰で以後はかなり楽になった。地下鉄駅に行くついでに、外観だけでも見ようとニューヨーク公共図書館の前まで行き、あと迷ってグランドセントラル駅前も行き、地下鉄ではあまり利便性が高いとは言えないメトロポリタン美術館に一番近い駅まで移動。既に19時近かったが、幸いなことに金曜日は21時までやっている。
The New York Public library
メトロポリタン美術館はさすがというべき広大さ。まずチケットを買う。日本人だと一発でバレて日本語の館内案内図ももらう。やはり古代ギリシャ、古代ローマ好きとしては、その当たりのコーナーを中心に見ることになる。古代エジプトも見た。じっくり見る時間は全くなかったが日本コーナーも完全に専用のコーナーがあって充実していた。もちろん西洋画や中国コーナーも。ただ正直じっくりみる時間はなかった。
メトロポリタン美術館
帰りは歩きで夜のNYを歩くが、その成果が、少しプラカード組と警官が多いなと思ったところは目の前がトランプタワーだったり、ロックフェラーセンターの前を通ったり、セント・パトリック大聖堂を眺めたりと成果はあった。
トランプタワー
これは確かロックフェラーセンターの近く
そしてハッキリ言ってタイムズスクエアは夜は昼以上の明るさと大盛況だ。スパイダーマンやら自由の女神に扮装した怪しげな奴らで盛り上がっていた。ノフ仲間とも挨拶もできたので、この日の活動は終了。さすがに疲労困憊の体で休息した。
(正直、この18日はスマホの万歩計が31274歩。とんでもなく歩いたので疲れて当然だった。)
翌日19日は朝8時頃にPlayStationシアターへ行ってみる。昨夜から徹夜で並んでいる組がいたから、当然出遅れ。そこまではできない。当初外国人の間に挟まってしまい、英語しゃべれないからピンチだったが、それでも色々もらうこともできた。
その外国人たちの熱さも凄い。白人、ラテン系、黒人、黄色人種と入り交じってる。歌詞とかワシなんかの10倍くらい余裕で諳んじている。というか動画見ながら歌って盛り上がってた。
推し事品ももらえるし、こういう同じももクロを応援するモノノフに人種の壁は全くないのだ。
今ではグリーンベレーに取り付けてる。缶バッジ
今ではペンライトに取り付けてるレザーのストラップ
現地の日本人向け新聞と
ちなみにすぐ後ろに日本人が何人か来ていたのでそちらへ移動。それが正解で、結局8時間の並びもライブ時も感想戦までご一緒させて頂いた。たまたま同じ時間に並んだワシ含めた有安推し2人と玉井推し3人の初対面グループ。お陰で退屈せずに済んだのはもちろん非常に楽しめた。本当にNYで良い出会いができた。
ちなみに気温は高めだったと思うが、周囲のビルが高すぎて日陰で風が冷たく、朝より昼の方が寒いという状態だった。
VIPとしてまず入場。NYのライブハウスは入場セキュリティーチェックがこれまた厳しく。金属探知は空港レベルだ。入場後は下手3列目あたり。周囲は外国ノフと日本ノフ入り乱れてる感じ。
VIPのトークショーは、海外へのももクロの紹介だった。海外ノフのテンションも面白い。
海外ノフ数人をステージに上げるという企画では、なんと推し事品をくれた女子ノフが上がってハグとかしてもらってこちらまで嬉しくなってしまった。泣いてたね。そりゃあそうだね感動だ夢が叶ったんだからね。
VIP特典で50人ずつくらいずつで写真を撮ってもらったのだが、これはたまたま運が良くて一列目中央上手寄り。れにの真後ろだから杏果とは2メートル超離れていたが、向こうも気がついてくれるし、大分楽しみの旨も再びちょっと執拗に伝えられた。(最近ではT-SPOOKのパレードで仲間達と一緒に大分行く旨の声をかけて、飴も投げてもらっていた)
あまりに間近なのはれにちゃん、真後ろでゼットポーズのゼットゼットと連呼していたら振り向いてくれるという優しさ。ステージに上がる並び順番の都合上、当然周りは下手にいた杏果推しばかりでれに推し皆無なのも手伝った。
1000人以上集まったというライブもたまらなく良かった。一般ではNY現地の人もかなり来てくれていたようだ。
言うても少数の日本組だからこそいつも以上のパワーで応援するのが海外公演というのもあるし、海外組の待ちに待ったライブで発散されるコールとエネルギーもハンパなく、それらが融合されたのだから、国内では考えられないほどの不可思議な空間になったといっても過言ではないだろう。
さくらさくらで始まった舞踊や太鼓の日本文化紹介を交えつつ進んで行くのだが、全体で四季のブロックに分けるという見事な演出。
そして衣装も1〜3曲ずつで換えて行き7回ほど短時間で換わるという出し惜しみの無さ。
最初の「夢の浮世に咲いてみな」はKISSとのコラボ曲だけに海外の知名度は抜群なのだが、やはり英語の合いの手は海外ノフが上手い。国内に比べてさすがというところをみせてくれていた。
ムーンプライド、ムーンライト伝説、Zの誓い、CHA-LA HEAD-CHA-LAはアニメ曲だけに知名度もやはり高く、海外組日本組ともに盛り上がる。
しかもZの誓いでは去年の英語版を1部交えて海外ノフを喜ばせる。
英語交えてという意味では、あの空へ向かって、も英語版を交えて素晴らしく、NYに響き渡る海外ノフ日本ノフによる世界のももクロナンバー1コールは本当に素晴らしく爽快感涙ものだった。
ココナツでは中央部ではまさかの最前〜4列目くらいでココナツサークルができるという日本では有り得ない現象まで発生。しかも元の位置に戻るというVIPだからこその今回の暗黙のルールのお陰としか思えない奇跡だ。
他、キミノアト、空のカーテンのバラードの効果も絶大で素晴らしく、マホロバケーション、ザゴールデンヒストリー、ワニシャン、どどんが、サンタさんと盛り上がること盛り上がること。
今年最高のライブを見た気分にもさせられる。
怪盗などでは最前あーりん推しが2列目3列目のワシら杏果推しに場所を譲ってくれて、狙い撃ちターゲットにされたりもあった。感謝。
マー君が来ていただけにMDFも披露で、まぁメッツファンがどう思うかはこの状況なら多分無用の心配なのだろう。
アンコールもダブルアンコールなんて初体験。アンコール最後の笑顔百景もワニシャンに続いて扇子持ってきた意味があったというもので、楽しすぎだし、ダブアンの走れなんて、もう楽しすぎて幸せだった。
(扇子については惜しむらくは会場の公式グッズで扇子を売らなかったことだ。海外ノフは絶対に日本の扇子を欲しかったに違いない。ライブで使ったら尚更)
そもそも、世界中の人種に愛されるももクロを、圧縮も一切無くこれだけ近くで視界良好に見てられて、こんなに幸せなことはない。NYへ行ったのは間違いなく大正解だった。
やはり海外でしか得られないものはたくさんあるのだ。(国内チケット外れるし。まぁ(日程の都合上ワシは応募してないが)今回は公式ツアーだとかなり落選していたが)
VIP特典から5時間ほど、ライブ開始から2時間ほど経過して終了。時刻は10時30分近く。
外は雨が降っていた。朝から行動を共にした5人で感想戦。
幸い5人の中にサンフランシスコ在住ノフがいたので、その方のお陰でスムーズにありつけた。
ブルームーンというNYの地ビールを飲みつつ、肉やらを食べて、最後のNYの夜を楽しむこともできた。
ちなみにワシはパスポート提示を求められるとか、まぁ年下のもう一人も求められてたから幸いだったが、もはや苦笑やわ。
乾杯
ピンぼけ
1時前に再会を楽しみにお開き。店を出て、雪になろうとしているような霙の中、ホテルに帰って、明日帰る準備をして寝るのだった。その前に皆でハードロックカフェには寄ったけどね。
翌日は余裕をかましすぎて、この旅一番の焦った状況になってしまった。
例のごとく地下鉄でJFK空港目指すべくハワードビーチ駅に向かおうと思っていたのだが、適当に乗った奴が乗り換え駅まで行く奴じゃなくて折り返し運転してしまった。もともとギリギリな計画だったので、これはヤバいと降りて思案して、結局この旅はじめてタクシーを選択。
実は休日だから良かったようなものの、もし平日だったら渋滞でタクシーの方が時間がかかったことも後で知って、ちょっと肝を冷やしてしまった。
グランドセントラル駅から地下鉄に乗ったのに、間違えて乗り換え駅まで行かない奴にのってしまい混乱したのだ^^;
とにかく1時間半前には着いて、JFK空港はチェックインカウンターがガラガラだったので、結果的には少し余裕があった。ただ地下鉄で行こうと頑張ったらどうなっていたかはわからないが。(乗り換え全部うまくいってギリギリだった気がする)
日曜日の昼12時の便で、成田着いたら月曜日の16時とかだったと思う。
そして伊丹便が遅延していたので家に帰り着いたのは21時くらいだったような気がする。とにかく楽しいNY遠征はこれで終わったのだった。
ちなみに帰りの便はほぼ寝ることなく、小説読んだり映画4本見ていた。なぜなら大阪に着いたら夜なのはわかっていたので、ここで寝ると時差ボケ解消できないとわかっていたから。次の日は仕事が険しくなってしまう。
行きの機内食1
行きの機内食2
帰りの機内食1
帰りの機内食2
それにしてもJALは快適であった。今年はベトナムも上海も海外航空会社で乗る分にはそれなりに快適だとおもっていたが、やはり常に日本語のJALはメチャクチャ楽なのは間違いない。